2021年08月31日

突き立てられた剣

今夜も一通り、
真言と陀羅尼を交えて
イエス様の御名によって祈ったりしていた。

すると、いきなり毘沙門天さんが現われ、
とても大きな剣を私の目の前に突き立てた。
それも、ものすごく力強く
勢いよく突き立てた。

そして、その剣は突き立てられたまま、
私の方に迫って来るので、
私は手印のひとつである刀剣印を結んでかまえた。

するとその剣は私と一体となった。

そして、毘沙門天さんは、
「その剣で道を開け。道は開かれる」
と言った。

真言と陀羅尼とイエス様の御名による祈りには
いろいろなことがあっておもしろい。


thisisthehour624 at 22:04|Permalink

大きな思い違い

私は今まで、
神様を信じる人の生き方は、
(もちろん正しい教えに従う生き方に限る)
特殊な生き方であって、
神などいないという大前提に立つ
この世の人たちの生き方が
普通だと思っていた。

しかし、そうではなく、
この世の人たちの生き方が
特殊なのであって、
神様を信じて生きる生き方が
普通なのである。

私は大きな思い違いをしていた。

thisisthehour624 at 16:20|Permalink

わけのわからないもの

結局、霊的真理は
わけのわからないものである。

しかし、
わけのわかるもの、いや、
わけのわかるものと思われているこの世が、
いかに不安定で、
不安しか与えないものであるかは、
今、全世界が体験している。
この世には何ひとつ
頼りになるものはないことを
嫌というほど
味わわされている。

このようなことは、
人類史上、
今まで一度もなかったではないか。

今こそ人々は、
わけのわかるものと思われているものから
目を離し、
わけのわからないものを
求めるべきである。
そこにしか、
本当のものはないのだから。


thisisthehour624 at 08:14|Permalink