絶対者のみおひとり、しかし、たくさん

2021年09月07日

ある体験


奇跡を連日2回も体験した。

ではその時、
私は「すばらしい!」って
すなおに喜んだかというと、
そうではなく、
ただひたすら恐縮していた。

「私のような者に・・・」
という気持ちなのだ。
しかし、そんな気持ちは
よいものではないはずだ。

その後、家で十字架を
見上げた時、
「遠慮なく受けよ」という
メッセージをもらった。

十字架で、すべては
解決済みではないか。
何を遠慮するのか、と
おっしゃって下さったのだ。

確かに、十字架は
そのために与えられたのだ。

これは理屈ではなく、
体験だった。


thisisthehour624 at 22:03
絶対者のみおひとり、しかし、たくさん