2021年09月

2021年09月28日

肉体への悔い改め

私は、肉体を主人公としていた。
主人公は肉体ではなく、
魂であった。
魂は神様へ向かっている。

肉体よ、
もう私はあなたに責任を
負わせない。

あなたは道具に
過ぎないのだから、
用いられるままに
その身をゆだねよ。

thisisthehour624 at 08:05|Permalink

2021年09月25日

何も変わってはいなかった

私は長い間、
「変えられた人生」と題して、
私がイエス様を信じて救われ、
人生が変えられたと
実に多くのところで語ってきた。

しかし、それは間違いだった。

何も変わってはいない。

ただ、それを知らなかっただけだ。

しかし、知らなかったことと
知るようになれたことの違いも、
まさに天と地の違いだ。

イエス様を信じて救われるとは、
神様を知るようになること。

神様の御手の中では、
何も変わってはいない。

そして神様は私を救うために
私を造られたのではなく、
この世に神様を表現するために造られて、
この世に生かしておられるのだ。

私が救われたということは、
その過程に過ぎない。

thisisthehour624 at 09:18|Permalink

2021年09月21日

ある日の霊的存在の方との会話

「世の人々とあなたの違いは?」
「神様を信じているかいないかの違いです。」
「その違いはどれくらいの違いか?」
「天と地の違いです。
「ならばそれでいいではないか。
 天と地が比べられるか。
 地の常識が天に何になるのか?」

thisisthehour624 at 20:30|Permalink

2021年09月15日

今朝の悔い改め

平安とは、
獲得するものではなく、
与えられるものであった。

思い煩いとは、
自分に対して責任を持った結果なのではなく、
自分を神様から奪い返すものだった。

神様、お許しください。
悔い改めます。



thisisthehour624 at 07:30|Permalink

2021年09月08日

おひとり、しかし、たくさん


神様には
おできになれないことはない。
しかし、
おできになれないことはある。

絶対的な神様ご自身だけで、
相対的なこの世に働きかけることは
おできになれない。
もしそのようなことがあれば、
神様ご自身で、神様ご自身の
絶対性を否定されることになる。
神様は、ご自身をいつわることは、
おできになれない。

そのため、
神様が相対的なこの世に
働きかけられる場合は、
神様の分霊(わけみたま)である
さまざまな霊的存在の方々として
姿を現わされる。

その方々が
聖書では御使いと表現され、
他の宗教では、
さまざまに名付けられる
聖なる存在者なのである。

神様はおひとりである。
しかし、その神様が
この世に働きかけられる場合には、
さまざまなお姿となられるのだ。

神様はおひとり、
しかし、たくさん。

thisisthehour624 at 06:29|Permalink