2021年10月

2021年10月16日

真理のメッセージとは

私は「職業柄」、
一生懸命、真理のメッセージを
説こうと今まで努力してきた。

しかし、ようやく気付いたことは、
これだ、と言うような
真理のメッセージなどない、
ということである。

真理の表現としてのメッセージはある。
そして私はそのようなメッセージを
確かに説いてきた。
真理から外れたメッセージは
少なくとも最近は説いていない。

しかし、繰り返すが、
これだと限定するような
真理のメッセージはないのだ。

真理は神様である。
そして、神様は、
これだと限定できるようなお方では
ないではないか。
だから、これだと限定できる
真理のメッセージなどないのだ。



thisisthehour624 at 06:30|Permalink

2021年10月08日

生かされている

とにかく、
イエス様を信じて救われれば、
その瞬間、自分のことは終わる。
私はすでに31年前に
私のことは終わっていたのだ。

もはや、私が私のために
この世に生きる意味はない。
私だけのためだったら、
私はさっさとパラダイスに
行ってしまう方がいい。

私がこの世に生きるのは、
ただひたすら
まだ信じていない人々に
福音を伝えるためだ。
だから、私は生かされている。
そしてこれからも、
神様がよしとするまで、
この世に生かされるわけであり、
その生きるための必要も
今までのように
与えられ続けるのである。


thisisthehour624 at 08:13|Permalink

2021年10月05日

私がこの世にいる理由


私がこの世にいるのは、
私のためじゃない。
人々のためだ。
人々に福音を伝えるためだ。

私のためだったら、
死んでパラダイスに行った方がいい。
死なせて下さいと祈るのか?
昨年、死ななかったばかりなのに?

神様のためなら、
パラダイスに行ってもできる。

もう私がいなくても、
家族は生きていけるはずだから、
私は家族のためにこの世にいるのではない。

こうして、
私がこの世にいる理由が
明らかとなった。
昨年死ななかったのは、
人々のために生きよ、と
「よみ」から追い返されたのだ。

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2021年10月04日

御言葉の体験

私は昨年の夏、
「よみ」に下ったが、
そこからまさに「よみがえった」のだった。

このことについて
聖書は多くの御言葉を記している。
以前は、このような「よみ」に関する御言葉を
何か、たとえのように受け止めていたが、
これをリアルに体験するとは思ってもいなかった。

以下、『詩篇』の3か所から
引用してみる。

『詩篇』30篇 1節~3節

主よ。私はあなたをあがめます。
あなたが私を引き上げ、
私の敵を喜ばせることはされなかったからです。

私の神、主よ。
私があなたに叫び求めると、
あなたは私を、いやされました。

主よ。
あなたは私のたましいをよみから引き上げ、
私が穴に下って行かないように、
私を生かしておかれました。

 

『詩篇』16篇 8節~11節

私はいつも、私の前に主を置いた。
主が私の右におられるので、
私はゆるぐことがない。

それゆえ、私の心は喜び、
私のたましいは楽しんでいる。
私の身もまた安らかに住まおう。

まことに、あなたは、
私のたましいをよみに捨ておかず、
あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。

あなたは私に、
いのちの道を知らせてくださいます。
あなたの御前には喜びが満ち、
あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

 

『詩篇』116篇 3節~9節

死の綱が私を取り巻き、
よみの恐怖が私を襲い、
私は苦しみと悲しみの中にあった。

そのとき、私は主の御名を呼び求めた。
「主よ。どうか私のいのちを助け出してください。」

主は情け深く、正しい。
まことに、私たちの神はあわれみ深い。

主はわきまえのない者を守られる。
私がおとしめられたとき、私をお救いになった。

私のたましいよ。おまえの全きいこいに戻れ。
主はおまえに、良くしてくださったからだ。

まことに、あなたは私のたましいを死から、
私の目を涙から、私の足をつまずきから、
救い出されました。

私は、生ける者の地で、主の御前を歩き進もう。

 



thisisthehour624 at 05:21|Permalink

2021年10月03日

全地の神の証拠

「あなたの贖い主は、
イスラエルの聖なる方で、
全地の神と呼ばれている」
(『イザヤ書』54章5節b)

この世の人間は、
必ずどこかの国に属していて、
各地の土地も
必ずどこかの国の土地である。

どこにも属しておらず、
全世界のすべての人の国土、
などという国や土地はない。

したがって、
万物の造り主である神様も、
全地の神であるのだが、
必ずどこかの国や地域に
限定された方として、ご自身を
表わされなければならない。

真実の神様は、
そして救い主は、
イスラエルの聖なる方として
その身を表わされた。
しかし、その方は、
イスラエルの国や土地に
限定された方ではない。

全地の神である。

もしイスラエルに限定された
神様であるなら、
なぜ現在のイスラエルの
国や人々は、すべて
その方を崇めてないのか。
その事実こそ、
その方がイスラエルに限らず、
全地の神であることを
表していることの証拠の
ひとつなのである。





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